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SAMURAI7&茶母&ジュリーファンブログ
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08/22
お受験から読み解く、「国語」の読解力


以前、とある方のブログで
そういう話になり、自分としてうまく
論をまとめられていなかったなーと。

その反省をこめて。。。

ついでに、やっぱり人生って一生勉強なんだわぁと
つくづく…(笑)

中学受験から大学受験まで。
およそ、国語という科目においては、
「読解力」というのが焦点におかれます。

そしておそらく。

日本の(受験)教育の中で、
もっとも効率的でシステマチックな実力養成法を
確立されていない科目ではないかと思います。

なぜなら、「国語」はいちおーふつーに誰もが
中学レベルで読み書きに苦労はしない、
母国語であるというのが、かえってネックなのだろう
と思います。

ついでに、公教育の中でも、
国語の授業が、おもに「個々の作品を味わう」
ことに力点を置かれすぎる構成なため、
汎用性のある分析や解析のテクニックへと
生徒が昇華させにくいのです。

国語的センスがあるタイプの人は
個々の作品を味わう授業の中からでも
大事な汎用ポイントを自分でサルベージして
いけるんでしょうが、そうでないパンピーは、
先生にきちんと「二重線で」
何度も強調して説明してもらわないとな~(乾笑)

数学の公式のように、
「このパターンの問題はこの解法で行け!」
などという、国語(とくに現代文)の授業を
受けた方は多くはないでしょう。。。

で、ワタクシの高校時代の恩師が
いわゆる予備校名物講師っぽい人で、
「現代文は論理と分析である」が持論でした(笑)

いま思えば、すんごい革新的な授業であり、
豊富な予備知識と話術で、金払っても受けたい
レベルのお仕事なさってたんでしょうね~(県立奨学生でタダ)

基本乱読で数学ニガテーな文系人間だったワタクシ。
かの授業の内容の本質的なところはさっぱり
理解しておりませんでした、今思えば(苦笑)

結局、オノレの勘みたいなところで、
「なんとなーく」問題解けていたんで(ぽりぽり)

だから当然、満点は取れない。
いや、国語ってそういう科目だと思ってたし(きっぱり)

「センセーとワタシじゃ、感性が違うし。
意見が合わないんだもんっ。解釈違って当然でしょ」

などと、太々しくも思っておりました…×つけられたときは!



が~。



なりゆきで怪獣のお受験をした経験によって。
ハタと気づいたことがあります。

それは、「「国語」ってつまりコミュニケーション能力」を高めるのが
目的の科目」だってことですね。

そんなこと誰でもご存じでしょうが…

では、コミュニケーション能力とは何か?

「他人の言いたいことを正しく聞き取り、
自分の言いたいことを正しく伝える」力ですね。

正しく読みとり、伝えるために、まず正しい語彙力は必須です。
(文字の習得、単語熟語ことわざ、語源、漢字など)

しかし、それはあくまで「ツール」として、最低限
必要なものという「前提」アイテムでしかありません。

算数やるのに数字や九九、数学なら因数分解や正負の四則計算を
まず習得するのと同じことですね~。


では、国語においてもっとも主眼とされるべきは何か?


それは、「相手の意図がなにか?」という
言葉のウラを正しくすばやく読み取る力であり、
(空気読みのよーなものですな)
そのウラをワタシはちゃんと理解してますよ~と
いうニュアンスを、相手にきちんと伝えられる
答えをすばやく作文できる。


そういう力に尽きるんだと思います。


しばしば、その問題の答えに納得いかねえ!と
思われる方は、出題者の意図を読み切れなかった、
もしくは、答えとして期待される要素を
すべて漏らさず記載することができなかった、
ということに気づいてないってことなんですねー。


外交や、商取引なんかを想像してもらえば
わかりやすいと思います。お受験の面接なんか
その最たるものなんです。


相手の立場や希望があり、
自分の意見や現実がある。


私学なんかは、同じ設問を出題したとしても、
学校によって模範解答がぜんぜん違うんです。


「うちは、この問いに、こういう答えをしてくれる生徒をとりたい」


そういう意図で、記述問題は出題されています。
面接の質問も、「この問いに、こういう答えをしてくれる
家庭の子供を預かりたい」と思って、学校側は
聞いているわけなのですねー。


当然、満点解答は、その学校のカラー、理念に添うカタチで
書かれていなければいけません。

平たい話、どーんなにご立派な答えが書けたとしても、
出題者の意に添わなきゃ、「ペケ」なんですよね~。
それが「コミュニケーション」ってもんですものね(苦笑)

それには、その学校の過去問はもちろん、機関誌、学内報などの
発行物、さまざまな行事を通じて発信される各学校の
カラーや漠然としてしかし厳然と通奏低音のようにある
「伝統」をきちんと汲み取り、踏まえる、情報を集めて正しく
より分け、なおかつ、自分の言葉で再構築する
そういう能力を試されているわけですねー。


自分の過去の経験で申し上げますと。
たとえばお受験の面接でしばしば聞かれるのに、

「お子さまは、好き嫌いがありますか?」

という質問。これに、「いいえ、ありません」と答えておけば
満点かというとさにあらず。「はい、ピーマンとトマトです」と
答えたところで、次に、「では、ピーマンやトマトの入った
お料理のとき、お子様にどのように対処されておられますか?」
とつっこまれるだけですしね(笑)

「嫌いなものは出しません」と答えたら、当然ブーッでしょ?(苦笑)
「わからないように細かく刻むなど調理に工夫してます」という
答えを好む学校も中にはあるかもしれませんが、
最近の傾向では、この質問によって、「おたくの家庭では
普段どういうしつけをしてるのか」
それが聞きたいということなんですねー。

「キノコ類が苦手なようですが、お味噌汁の具など、そのつど
一口でもいいので、食べてみるようにすすめています」

この質問で、学校側が聞きたいのは、
「たとえ嫌いなものでもそれなりに我慢することを
覚えさせているか?」って
とこがポイントです。
食育に熱心か、あるいは家庭に適切な指導力があるか、
そういうことが聞きたい。

だから、「そういうことがわかっている」お返事を
向こうは期待されているわけですね。


ゆえに国語の読解力は、文面をただ四角四面に
読み取れればいいってことでなく、
相手のさまざまな情報を加味した上で、
「この問いはどんな答えを期待しているのかな?」と
正しくすばやく読み取り、
期待されている内容を正しくきちんと文章にする
練習を積めば、効率的だと言えます。


本を読むというのが唯一近道のよーに言われますが、
これは小さい頃からの積み重ねと、読む本の文章レベル
や種類によってムラがありすぎますので、
即効性は期待しづらい。

短期で力をつけるには、
やはり学校ごとの過去問を、「設問が期待するもの」を
意識しながら、何度も解いていくことでありましょう。
(この視点があるかないかですごく違うんですー)
回答の説明文が詳しい参考書は、よい道しるべになります。
(学校側の意図まで説明してくれるのは
やはり専門のノウハウのある塾や予備校です)

時間がある間は、並行してそれなりに良書も読む、
そういう学習法が有効なのではないかなと
思います。

ちなみに、ワタシが思う、現代文の成績が上がる作家は、
「芥川龍之介」「三島由紀夫」です。
あくまで個人的な感想ですが。
三島以降の現代小説家は、あまり底力に
ならない気がするなー。
(論説文は、和辻哲郎とか、いますが)


あともう一つ。わすれちゃいけない
「音読」。。。

最近の流行りでもあり、
古来から学習といえば「諳誦」だったはずのコレ。
いっとき学習法としては忘れ去られたかに見えますが、
実は最新の脳科学的にすごく画期的だそうな。

「読む」「聞く」で、脳は一度に複数の情報処理を
してます。視覚と聴覚、そして声に出すという
「インプット」「アウトプット」が同時に繰り返される
ところがミソ。

大昔、秀才といえば四書五経を諳んじられる人と
相場が決まっておりました。それのどこが頭イイかと
思わせちゃう現代の教育がいびつだったのかもぉ~(笑)

ちなみにユンなうりは原作設定で、四書三経ほか兵書
二万冊を諳んじるという秀才になっておりました~vv(おさすがっ)





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