| 06/14 | |
本日のなうり考(笑) 彼女の中の彼 |
あー、とうとう運命の今週ですわ〜。セクションTVの動画も見ずにがんばります…。リアル見てからのぞきに行かないと、ネタばれしちゃうみたいだから自粛自粛。
さて、おひさしぶり〜のなうり考です。なうり考だけど、オガァのことを書きます!(笑)
さて、おひさしぶり〜のなうり考です。なうり考だけど、オガァのことを書きます!(笑)
ず〜っとKNTV版を見ていたら、今度は監督版が恋しくなってきまして(どんだけループする気)。
スピード&ドライブ感も捨てがたいのですが、なにしろ春日は国営版から監督版に飛んだ人間で、
いうなれば、ダイジェストお試し版から、やっと本篇みた、という落ち着きどころが監督版なのですヨ。
ゆえに、どーしても、”足りないところ”が気になってしょうがなくなり…(KNTV版は、監督版とは違うカット(たいていワンカットのみ)の挿入で、場面の説明してあったりもしましたが)謀反の全容の部分は、かなり…監督版でさえも…あと1話はいるなぁ〜という感じですから。これだけじゃ、ふつーわけわかんないんじゃないです?(メロの背景なんだから、こんなもんでいいのか?(笑))
それに、いきなりバーンとジャンプするより、ごごご…っと助走がつくとこは、つけてもらったほうが…余韻が深くなったりしません?(ぷ) 台詞はとても聞き取りやすいKNTV版ですが、耳から入る情報量としては、監督版のがより多彩。演技がとてもリアルに聞こえます。そして特筆すべきは、浜辺や芦原や背中合わせの場面など、でっかい見せ場で日本語字幕入ると、なんだかすごい邪魔…(苦笑)
どーしても役者さんの発声より先に字幕がばーっと出ちゃったりするもんで。なまじ日本語で読めるだけに、実際のセリフが後追いに聞こえてしまいます。プチねたばれっていうか…(笑) ここは、どうせなら俳優サンの演技にあわせて字幕を出すくらいの配慮がほしいっっ。でないと手に汗にぎれないっ(笑)
と、ぜーたくな文句を言いながらラストシーン(エピローグを除けば、私にとってはここがラストシーンです(TT))見ながら、字幕と台詞をじっと対照させてました。
オガァの叫びは「逝かないで…!」だけしか字幕になってませんが、「たし どながらよ〜」の声が聞こえたので、ここはそれだけではないはず!
とりあえずユン部屋に行き、ドラマから書き起こされたなうりのセリフ集で確認してきました(笑) (翻訳かけられますのでどうぞ)
「若さま、行かないでください。二度と去らないでください、若さま!」
そうなんですぅ〜(TT)
オガァは、なうりに、とりすがって、「また、置き去りにしないでー!」と叫んでますね…。
なうりは望むと望まざるにかかわらず、オガァを何度も置き去りにしました。
オガァのトラウマというとき、どうしても「父母そして兄との別れ」をまず認識しちゃうんですけど、実はこれは彼女にとって後天的な傷かもしれません。
なぜなら、7話で彼女自身が述べているように、「家族と別れた悲しみのなんたるかさえわからぬ子供」だったからです。
身分を落とされたことの実情もよくわかってなかったかもしれないです。何不自由ない暮らしが一変して驚きはしたでしょうが、なにがなんだか状況変化がめまぐるしすぎ、なにかを考えるには使役されすぎ、子供なりに余計な悲しみに浸る暇も与えられず、状況に順応しちゃったのかも。
しかも皇甫家に行ってすぐユン若さまに出会い、山にお供するみたいですから。チェヒの寂しさや喪失感は、ユンによってあっというまに埋められてしまいました。
「なうりと共に過ごした日々が私の人生のすべて」になるほど。。。
なので、オガァの最初のトラウマって、絶対なうりが山を下りてったとこでしょう!(断言)
そのとき初めて、彼女は自分の身の上について、深く思いをめぐらすことになったんじゃないですかねぇ。。。トリョンニムを失って、ふたたび空いた心の空洞を埋めるのは、七つのときで止まったままの両親と兄の面影以外、ありえません。
母と兄に会いたいとか、父イルスンが生きていればとか、考えれば考えるほど、黙って置き去りにしていったトリョンニムが恨めしくて、恋しい。
オガァの中にほんとの喪失感を刻印したのはなうりで、それなのになうりは迂闊にも、そのことにぜーんぜん気づいてないのが、大きな敗因だったかも(汗)
彼が迎えに来てくれて一応、チェヒの自我崩壊の危機は止められたんでしょうが、オガァの中に消えない恐怖として、ユンなうりに「また置いて行かれるかもしれない」想像はずっと影を落としたんだと思いますね〜。
4話で家族の話を持ち出しつつ、砦へ志願するときも、オガァは、なうりはもうナニといっしょになったほうがいいんだという心持ちでいますから、「捨てられる前に、自分から出ていきたい」心理状態といえます。
洞窟のなかで「置いて行かれるより、去った方がマシ」というソンベクの言葉も同様に、すでに父が自決するとき大人の入り口にいたチェムの胸に、両親との別れが無残な傷を残したことをうかがわせます。彼は心ならずも妹を置いて行ったからこそ、置いて行かれた妹の恐怖と絶望に対して償いきれないほどの罪悪感を持っています。想像することさえ、彼には恐ろしいことでしょう。ソンベク自身が誰かに置いて行かれる痛みを味わうとすれば、それは彼が負わせたチェヒの痛みを追体験することにほかなりません。そんな思いを父からくれぐれもと託された妹に味わわせた、ふがいない己自身と対面せねばならないからです。
そうともしらず、死にかけたソンベクの前でオガァが独白する台詞はこうでしたね。
「目をあけて。お願い、死なないで。ひとりぼっちに戻るのはもうたくさんよ……」
ユンの元へ来てからの15年の間。彼女が”ひとりぼっち”に戻されたことって、何度くらいあるんでしょうね……(TT) なうりペインとしてはなかなか厳しい洞窟シーンなんですが、このごろ何度もここを見てしまいます。オガァの不憫さがつのってつのって(><)なうりの不甲斐なさが、(って彼のせいじゃないんですけどっっ(TT))もー、オガァってば壮絶に可哀想なんですもの〜〜〜〜。
なうりはあれで結構したたかで、ズルくってねっ(男ってやつはー!)、いつだって自分が被害者みたいな顔して、実は加害者じゃんっっ!!!!!
むき〜〜〜〜〜!
お荷物になりたくない、といいながら、実はオガァはなうりにいつか置いて行かれるのが嫌で、その恐怖から逃れられずに、彼に負ぶされなかったような気がします。
子供のときはすなおに負ぶわれたけど。
おんぶ、って小茂根さんも考察されてましたけど、能動的な行為ですからね。
負ぶわれる側が自分で選択し、すすんで努力しないと、おんぶする側はおぶいきれないです。無理やり抱き上げるのとはわけが違います(意識のないとき、お姫様だっこさせてもらえたのもそういうこと)
なうりはそういう形で自分のものにしたいんじゃなくて…。
「いっしょに生きていきたかった」わけですから。。。
おんぶのように、互いに相手を思いやりながら、どちらに寄りかかるというのでもなく、ともに人間らしく力を合わせて対等に暮らそう、という意味ですよね。
うーん、深いなぁ〜〜(涙)
それでいて、最後の最後、オガァとなうりはどうしても相手をつかみ取れなくて、結局、ああいう形の別れを迎えますが……。なうりに残った安堵って、「置いてかれなくてよかったー」というチキンレースの勝利?(苦笑)
オガァは逃げ続けた自分の本心に、復讐されたのかもしれませんねぇ。
「二度も去らないでください…!」
その気持ちを、もっと早く伝えられたら、結果はちがったのかなー。
ま、でもなうりは殿下に生まれ変わって、きっちりツケを払わされてる気はしますが☆(爆)
なにげに高金利のツケになってるよね!(笑)殿下の男やもめ期間て15年くらいですよ。
週末はお気に入り韓国料理店の新メニュー、豚筋の煮込みをお持ち帰りしてきたので、これをいただきながら監督版ずっぽり〜♪コースで!(うひ) お店の壁に、笠と煙管と草鞋が、新しく飾られてて、ちょっとぐっときましたわー(笑) あの笠と草鞋は、危険。うっかりツボにはまると、うるうるしちゃうよ〜(爆)
スピード&ドライブ感も捨てがたいのですが、なにしろ春日は国営版から監督版に飛んだ人間で、
いうなれば、ダイジェストお試し版から、やっと本篇みた、という落ち着きどころが監督版なのですヨ。
ゆえに、どーしても、”足りないところ”が気になってしょうがなくなり…(KNTV版は、監督版とは違うカット(たいていワンカットのみ)の挿入で、場面の説明してあったりもしましたが)謀反の全容の部分は、かなり…監督版でさえも…あと1話はいるなぁ〜という感じですから。これだけじゃ、ふつーわけわかんないんじゃないです?(メロの背景なんだから、こんなもんでいいのか?(笑))
それに、いきなりバーンとジャンプするより、ごごご…っと助走がつくとこは、つけてもらったほうが…余韻が深くなったりしません?(ぷ) 台詞はとても聞き取りやすいKNTV版ですが、耳から入る情報量としては、監督版のがより多彩。演技がとてもリアルに聞こえます。そして特筆すべきは、浜辺や芦原や背中合わせの場面など、でっかい見せ場で日本語字幕入ると、なんだかすごい邪魔…(苦笑)
どーしても役者さんの発声より先に字幕がばーっと出ちゃったりするもんで。なまじ日本語で読めるだけに、実際のセリフが後追いに聞こえてしまいます。プチねたばれっていうか…(笑) ここは、どうせなら俳優サンの演技にあわせて字幕を出すくらいの配慮がほしいっっ。でないと手に汗にぎれないっ(笑)
と、ぜーたくな文句を言いながらラストシーン(エピローグを除けば、私にとってはここがラストシーンです(TT))見ながら、字幕と台詞をじっと対照させてました。
オガァの叫びは「逝かないで…!」だけしか字幕になってませんが、「たし どながらよ〜」の声が聞こえたので、ここはそれだけではないはず!
とりあえずユン部屋に行き、ドラマから書き起こされたなうりのセリフ集で確認してきました(笑) (翻訳かけられますのでどうぞ)
「若さま、行かないでください。二度と去らないでください、若さま!」
そうなんですぅ〜(TT)
オガァは、なうりに、とりすがって、「また、置き去りにしないでー!」と叫んでますね…。
なうりは望むと望まざるにかかわらず、オガァを何度も置き去りにしました。
オガァのトラウマというとき、どうしても「父母そして兄との別れ」をまず認識しちゃうんですけど、実はこれは彼女にとって後天的な傷かもしれません。
なぜなら、7話で彼女自身が述べているように、「家族と別れた悲しみのなんたるかさえわからぬ子供」だったからです。
身分を落とされたことの実情もよくわかってなかったかもしれないです。何不自由ない暮らしが一変して驚きはしたでしょうが、なにがなんだか状況変化がめまぐるしすぎ、なにかを考えるには使役されすぎ、子供なりに余計な悲しみに浸る暇も与えられず、状況に順応しちゃったのかも。
しかも皇甫家に行ってすぐユン若さまに出会い、山にお供するみたいですから。チェヒの寂しさや喪失感は、ユンによってあっというまに埋められてしまいました。
「なうりと共に過ごした日々が私の人生のすべて」になるほど。。。
なので、オガァの最初のトラウマって、絶対なうりが山を下りてったとこでしょう!(断言)
そのとき初めて、彼女は自分の身の上について、深く思いをめぐらすことになったんじゃないですかねぇ。。。トリョンニムを失って、ふたたび空いた心の空洞を埋めるのは、七つのときで止まったままの両親と兄の面影以外、ありえません。
母と兄に会いたいとか、父イルスンが生きていればとか、考えれば考えるほど、黙って置き去りにしていったトリョンニムが恨めしくて、恋しい。
オガァの中にほんとの喪失感を刻印したのはなうりで、それなのになうりは迂闊にも、そのことにぜーんぜん気づいてないのが、大きな敗因だったかも(汗)
彼が迎えに来てくれて一応、チェヒの自我崩壊の危機は止められたんでしょうが、オガァの中に消えない恐怖として、ユンなうりに「また置いて行かれるかもしれない」想像はずっと影を落としたんだと思いますね〜。
4話で家族の話を持ち出しつつ、砦へ志願するときも、オガァは、なうりはもうナニといっしょになったほうがいいんだという心持ちでいますから、「捨てられる前に、自分から出ていきたい」心理状態といえます。
洞窟のなかで「置いて行かれるより、去った方がマシ」というソンベクの言葉も同様に、すでに父が自決するとき大人の入り口にいたチェムの胸に、両親との別れが無残な傷を残したことをうかがわせます。彼は心ならずも妹を置いて行ったからこそ、置いて行かれた妹の恐怖と絶望に対して償いきれないほどの罪悪感を持っています。想像することさえ、彼には恐ろしいことでしょう。ソンベク自身が誰かに置いて行かれる痛みを味わうとすれば、それは彼が負わせたチェヒの痛みを追体験することにほかなりません。そんな思いを父からくれぐれもと託された妹に味わわせた、ふがいない己自身と対面せねばならないからです。
そうともしらず、死にかけたソンベクの前でオガァが独白する台詞はこうでしたね。
「目をあけて。お願い、死なないで。ひとりぼっちに戻るのはもうたくさんよ……」
ユンの元へ来てからの15年の間。彼女が”ひとりぼっち”に戻されたことって、何度くらいあるんでしょうね……(TT) なうりペインとしてはなかなか厳しい洞窟シーンなんですが、このごろ何度もここを見てしまいます。オガァの不憫さがつのってつのって(><)なうりの不甲斐なさが、(って彼のせいじゃないんですけどっっ(TT))もー、オガァってば壮絶に可哀想なんですもの〜〜〜〜。
なうりはあれで結構したたかで、ズルくってねっ(男ってやつはー!)、いつだって自分が被害者みたいな顔して、実は加害者じゃんっっ!!!!!
むき〜〜〜〜〜!
お荷物になりたくない、といいながら、実はオガァはなうりにいつか置いて行かれるのが嫌で、その恐怖から逃れられずに、彼に負ぶされなかったような気がします。
子供のときはすなおに負ぶわれたけど。
おんぶ、って小茂根さんも考察されてましたけど、能動的な行為ですからね。
負ぶわれる側が自分で選択し、すすんで努力しないと、おんぶする側はおぶいきれないです。無理やり抱き上げるのとはわけが違います(意識のないとき、お姫様だっこさせてもらえたのもそういうこと)
なうりはそういう形で自分のものにしたいんじゃなくて…。
「いっしょに生きていきたかった」わけですから。。。
おんぶのように、互いに相手を思いやりながら、どちらに寄りかかるというのでもなく、ともに人間らしく力を合わせて対等に暮らそう、という意味ですよね。
うーん、深いなぁ〜〜(涙)
それでいて、最後の最後、オガァとなうりはどうしても相手をつかみ取れなくて、結局、ああいう形の別れを迎えますが……。なうりに残った安堵って、「置いてかれなくてよかったー」というチキンレースの勝利?(苦笑)
オガァは逃げ続けた自分の本心に、復讐されたのかもしれませんねぇ。
「二度も去らないでください…!」
その気持ちを、もっと早く伝えられたら、結果はちがったのかなー。
ま、でもなうりは殿下に生まれ変わって、きっちりツケを払わされてる気はしますが☆(爆)
なにげに高金利のツケになってるよね!(笑)殿下の男やもめ期間て15年くらいですよ。
週末はお気に入り韓国料理店の新メニュー、豚筋の煮込みをお持ち帰りしてきたので、これをいただきながら監督版ずっぽり〜♪コースで!(うひ) お店の壁に、笠と煙管と草鞋が、新しく飾られてて、ちょっとぐっときましたわー(笑) あの笠と草鞋は、危険。うっかりツボにはまると、うるうるしちゃうよ〜(爆)
おんぶについて、ものすごーーーーく「なるほど」と思っちゃいました。
確かに自分の力でしがみついてきてくれる人じゃないとおんぶできないですよね。(生まれたての赤子はおんぶできないですもんねー)
洞窟のシーンは・・・やっぱりワタシの中では謎なんです。きっと何回みても謎なんだと思います。
チェオクのソンベクに対する気持ちの移り変わりについて行けないぷるる・・・頭では(ストーリー的には)理解出来るんですけど、気持ち的について行けないって言うか・・・だから何回見ても早送りなんですよねー(笑)
確かに自分の力でしがみついてきてくれる人じゃないとおんぶできないですよね。(生まれたての赤子はおんぶできないですもんねー)
洞窟のシーンは・・・やっぱりワタシの中では謎なんです。きっと何回みても謎なんだと思います。
チェオクのソンベクに対する気持ちの移り変わりについて行けないぷるる・・・頭では(ストーリー的には)理解出来るんですけど、気持ち的について行けないって言うか・・・だから何回見ても早送りなんですよねー(笑)
ぷるる [URL] 2008/06/15(日) 13:59 [EDIT]
>ぷるるさま
そうそう、おんぶって子供だいぶ大きくならないとできませんよねー!(笑)
トリョンニムが背中を貸してくれたとき、自然とあんな行動できてエライと思いつつ、彼もず〜っとひとりぼっちで、誰かをほんとにおんぶしたことってなかったんじゃないですかねぇ。誰も近づく人のなかったユン少年を、チェヒは自分で選んでおぶさってくれた、ってとこが、彼の「歓び」の始まりなのかなー…と、思いました。ううう、切ない…!
うんうん、そ〜なのですよね…(溜息)洞窟の外で半狂乱になってるなうりも辛いけど、このときのオガァの心理の移り変わりって、理解できても納得はいかないですよねー…(笑)
なうりがお嬢様に、「はじまん、いじぇ あにみだ」っていうとこもそうですけど…。
もう自分に嘘はついてない、って二人とも思ってるかもしれないけど、それは逃避っていうんだよー…と、オガァとなうりにお説教してあげたくなります。。。
「茶母」がVTRでなく、DVDプレーヤになっててよかったと思いますね、つくづく。でないと洞窟と砦場面の早送りで、絶対テープすり切れてます。間違いない☆(爆)
そうそう、おんぶって子供だいぶ大きくならないとできませんよねー!(笑)
トリョンニムが背中を貸してくれたとき、自然とあんな行動できてエライと思いつつ、彼もず〜っとひとりぼっちで、誰かをほんとにおんぶしたことってなかったんじゃないですかねぇ。誰も近づく人のなかったユン少年を、チェヒは自分で選んでおぶさってくれた、ってとこが、彼の「歓び」の始まりなのかなー…と、思いました。ううう、切ない…!
うんうん、そ〜なのですよね…(溜息)洞窟の外で半狂乱になってるなうりも辛いけど、このときのオガァの心理の移り変わりって、理解できても納得はいかないですよねー…(笑)
なうりがお嬢様に、「はじまん、いじぇ あにみだ」っていうとこもそうですけど…。
もう自分に嘘はついてない、って二人とも思ってるかもしれないけど、それは逃避っていうんだよー…と、オガァとなうりにお説教してあげたくなります。。。
「茶母」がVTRでなく、DVDプレーヤになっててよかったと思いますね、つくづく。でないと洞窟と砦場面の早送りで、絶対テープすり切れてます。間違いない☆(爆)
春日 [URL] 2008/06/15(日) 15:03 [EDIT]

